ジョン万次郎資料館|高知ツアー・高知旅行のビーウェーブ

じょんまんじろうしりょうかん

ジョン万次郎資料館

公開日:2023.07.25

ジョン万次郎資料館の外観

アメリカをはじめて伝えた日本人「ジョン万次郎」!

ジョン万次郎資料館は、高知県の最南端「足摺岬」の付け根に位置する土佐清水市養老にあります。ジョン万次郎と言えば、中高生の時期に歴史の授業で一度は聞いたことがあるという人が多いと思います。けど、一体何をした人なのかは知らない方も多いのではないでしょうか。一言でいうと、アメリカをはじめて伝えた日本人です。資料館では、ジョン万次郎の波乱万丈の生涯が資料の展示などと共に時系列で再現されています。また、トリックアートやプロジェクションの投影などもあり、楽しみながらジョン万次郎を知っていくことができます。それではジョン万次郎の世界に行ってみましょう。

ジョン万次郎の生家

入口を入るとまず、ジョン万次郎の生家のレプリカが現れます。ジョン万次郎こと中濱万次郎は、1827年(江戸時代末期)に高知県土佐清水市中浜で漁師の次男として生まれました。万次郎が14歳まで過ごした生家は、資料館から車で約20分の中浜に復元されていますので、そちらも是非行ってみてください。

ジョン万次郎資料館のエントランス

木のテイストがオシャレなエントランスは、万次郎の故郷である中浜の街並みと海をイメージしています。エントランスを進むと券売所があります。入館料は大人440円、小中学生220円となっております。

ジョン万次郎の少年時代

万次郎は9歳の時に父親を亡くし、母親と4人の兄妹を養うために奉公に出て働きました。しかしある日、奉公先を飛び出してしまい、その後万次郎が望んでいた漁師の見習いとして雇ってもらうことになりました。イラスト入りの説明があるのでわかりやすいですね。

資料館の入口

資料館の入口

ここから先に万次郎の波乱万丈の人生が紹介されていきます。時系列は①漂流・救出②アメリカライフ③帰国④幕末維新での功績と進んでいきます。入口の説明文はとてもワクワクさせられる文言ですよね。

ジョン万次郎の漂流

波乱万丈の人生の始まり!

万次郎は14歳の時に初めての漁に出ます。その船が不運にも漂流してしまうのです。いきなり波乱ですよね。そして出漁から8日後にやっとある無人島にたどり着きました。

ジョン万次郎の漂流

その島は鳥島という伊豆諸島最南端の活火山でした。八丈島と小笠原諸島のちょうど真ん中ぐらいに位置します。高知からだとかなり流されていますね。

ジョン万次郎の漂流

漂流の様子をイメージした模型です。よくひっくり返らなかったもんですね。

ジョン万次郎の救出

人生を大きく変える出会い!

そして漂着した鳥島で、なんと143日間もの無人島生活を過ごしました。そんなある日、幸運なことに、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号が食料のウミガメを捕獲する目的で鳥島に立ち寄り、万次郎たちを発見しました。この出会いは万次郎たちが救助されたということだけでなく、万次郎の人生を大きく変えることとなりました。この時代、日本は鎖国をしていたので、外国船は日本に近づけませんでした。そこでジョン・ハウランド号の船長は万次郎以外の4人を安全なハワイで降ろし、お気に入りの万次郎のみアメリカに連れて行きました。万次郎もアメリカに行きたかったので、願ったり叶ったりでした。なんて運命的な出会いなのでしょう!

ジョン万次郎の救出

これはその時のジョン・ハウランド号航海日誌からの抜粋です。本当に奇跡のタイミングですよね。ちなみにジョン万次郎の「ジョン」はジョン・ハウランド号にちなんで名付けられました。その後「ジョン・マン」という愛称で親しまれました。本物のアメリカ人のような愛称でかっこいいですね。

ジョン万次郎のアメリカでの生活

勉学に明け暮れたアメリカでの生活!

アメリカに渡った万次郎は、ジョン・ハウランド号のホイットフィールド船長の養子になりました。そして学校に通わしてもらい、英語・数学・測量・航海術・造船技術などを学びました。万次郎はとても熱心に勉学に励み、学校で首席になりました。きっとこの時の経験と努力が、この先の万次郎の功績に繋がったのでしょう。ホイットフィールド船長には感謝しかありません。卒業後は捕鯨船に乗り、数年の航海に出ました。

トリックアート

ここの展示室では、捕鯨船でのジョン万次郎の気分を味わうトリックアートがあります。どうやら、捕鯨ボートや見張り台に立って、後ろにクジラが登場したタイミングで撮影すると、臨場感のある写真が写るんですよね。

トリックアート

クジラよ、出てきてください!

トリックアート

これでいいのか正解が微妙ですが、何とか撮れました。

ジョン万次郎の帰国

10年ぶりの帰国!

数年の航海の後、万次郎は日本に帰国することを決意しました。帰国の理由は、故郷に帰りたい気持ちもありましたが、日本の開国を実現するためでもありました。この時万次郎は22歳でしたが、14歳に故郷を離れてから一度も家族と会ってないのですから、さぞかし寂しかったことだろうと思います。しかし万次郎にとっては、開国実現の方が希望に満ち溢れていたのかもしれません。そしてついに万次郎が24歳の時、10年ぶりに帰国しました。帰国時の身に着けていた衣類は、この時代らしからぬオシャレ感がありますね。

波のプロジェクション

次に、波のプロジェクションが現れます。万次郎が帰国時に上陸した琉球(現沖縄県)の海をイメージしています。上陸した海岸は「ジョン万ビーチ」という名称で今でも親しまれ、ダイビングスポットして人気があります。波のプロジェクションは近くまで行くと本物の波が押し寄せてくるようで、思わず後ずさりしてしまいます。

ジョン万次郎直筆の掛け軸

万次郎は琉球に上陸してから約2年後にやっと故郷の土佐に帰ることができました。これはその時に万次郎が書いた直筆のアルファベット掛け軸です。

ジョン万次郎直筆の掛け軸

現在のアルファベットより難しい形をしているものが多いですが、これが日本人の書いた最初のアルファベットではないでしょうか。達筆ですね。

ジョン万次郎の功績

幕末維新に影響を与える功績!

土佐に帰った後、万次郎は藩校教授として、後藤象二郎や岩崎弥太郎などの歴史に名を残す人物たちを指導しました。その後、ペリー来航の際には、直参旗本として江戸に招聘されました。そして、日米修好通商条約の際には、勝海舟や福沢諭吉らと共に「咸臨丸」に乗り、アメリカ本土に渡りました。有名な歴史上の出来事や人物に関わる、影の立役者ですね。

ジョン万次郎の功績

後に、勝海舟に弟子入りした坂本龍馬も万次郎の影響を強く受けた人々と交わり、その度に万次郎の話をよく聞いたので、間接的に影響を受けたと言われています。

ジョン万次郎直筆の英会話ガイド

万次郎は他にも多くの功績を残しています。日本初の英会話ガイドブック「英米対話捷径」を出版しました。これには「ABCの歌」も掲載されています。「ABCの歌」は今も変わらず歌われているのですからすごいですね。この本は当時のベストセラーになりました。

ジョン万次郎の功績

小笠原諸島を日本の領土として統治下に置いたのも万次郎です。これには、当時の住民全員の同意を取り付けたというのですから、大したものですよね。

ジョン万次郎資料館の2階

ジーンズの先駆者!

2階には階段かエレベーターで上がることができます。

ジョン万次郎とジーンズ

ジーンズの歴史年表らしきものとヴィンテージ感が漂うデニムの上下が展示されているコーナーが目に入ってきました。

ジョン万次郎とジーンズ

1849年当時カリフォルニアはゴールドラッシュで金塊を求め多くの人が殺到しました。そして金鉱堀りたちの間ではワークウェアとしてデニム地のパンツが流行しました。これがジーンズの始まりです。万次郎も日本に帰国する際、資金集めの為にカリフォルニアに行きました。その時はまだジーンズは出回っていませんでしたが、万次郎はアメリカからデニム生地とミシンを持ち帰っていました。後にアメリカの新聞でジーンズの存在を知り、丈夫で動きやすい作業着ということに強く共感し、自分で製造することにしました。この後現在に至るまでジーンズは多くの日本人にも愛され続けているのです。当時の日本人の衣類から考えるとすごく斬新な感性をしてますよね。

ジョン万デニム

2017年には当時の万次郎がジーンズを縫い上げたストーリーをもとに、「ジョン万デニムプロジェクト」がスタートしました。「ジョン万デニムプロジェクト」はデザイン・製造・販売を専門家・メーカー・ショップが土佐清水市と一体になってやっていこうと発足されたプロジェクトです。ジョン万次郎のデニムを後世に伝えるが為に、数量限定ではありますがジーンズやGジャンが製造され、2022年には第3弾が販売されました。

ジョン万次郎資料館の海風食堂

爽やかな食堂!

1階のエントランス奥には「海風食堂」という食堂があります。海沿いの食堂らしい看板には風情があります。

海風食堂のメニュー

ランチメニューは4種類です。すべてドリンク付きで1,000円です。その他には「ジョン万カレー」の単品が700円です。ジョン万カレーとは、地元で獲れた魚のカレーです。

海風食堂のテーブル

食事は屋外のテラスでも食べることができます。爽やかな海風を浴びながら食べるランチは気持ちいいですよ。

ジョン万次郎資料館の売店

海風食堂の隣には売店があります。手作りの工芸品やアクセサリなどの海にちなんだものが並んでいます。女性ウケしそうな小物が多いです。

ジョンマンビール

地ビールの名前はもちろん「ジョンマンビール」。ビンの色合いと万次郎の写真が載ったラベルがとてもかっこよく、ビールを飲んだあとの空ビンは自分の部屋に飾りたくなります。

ジョン万次郎資料館の外観

ジョン万次郎の世界は思った以上に入り込んでしまいました。ジョン万次郎資料館は館内を進んで行くうちに、ドンドン興味がそそられていき、楽しく学ぶことができる資料館です。歴史に興味がない人でも楽しめると思います。高知旅行の際は、旅行の行程に入れてみてはいかがですか。

※メニューや価格、施設情報などは2023年6月時点の情報です。

MAP

基本情報
交通 JR高知駅より車で約150分、土佐くろしお鉄道中村駅より車で約45分
料金 大人:440円/小中学生:220円
時間 8:00~17:00(最終入館 16:30)
定休日 なし
駐車場 無料(乗用車150台)
トイレ あり
住所 高知県土佐清水市養老303
TEL 0880-82-3155